シクロスポリン・タクロリムス



臓器移植は1950年ごろから開始され始めました。臓器移植で最大の問題は拒絶反応です。
つまり移植された臓器を異物と判断し、追い出すための免疫反応(拒絶反応)が起きてしまう訳です。
従って、遺伝子情報が全く同じである一卵性双生児あるいはクローンがなければ根本的解決はできません。

1976年:スイス ノバルティス(当時サンド)社が開発した環状ポリペプチドはシクロスポリンと名付けられ腎臓・肝臓・心臓移植など臨床応用に十分な性能を示しました。





シクロスポリンはシクロフィリンAと名付けられたぺプチジルプロリルトランスイソメラーゼというタンパク質に結合します。






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一方、1984年:当時藤沢薬品(現在はアステラス製薬)の後藤らによって筑波山の土壌から得た放線菌Streptomyces tsukubaensisから見出されたタクロリムスはシクロスポリンの50倍の活性があることが判り、臓器移植や骨髄移植などに広く用いられている免疫抑制剤です。
開発当時はFK506と呼ばれていました。現在では、アレルギー性の鼻炎や皮膚炎にも使用されています。




シクロスポリンとは別のペプチジルプロリルトランスイソメラーゼと結合します。このタンパク質はFK binding protein (FKBP)と呼ばれています。




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ぺプチジルプロリルトランスイソメラーゼはプロリンのα炭素とカルボニル炭素との結合を回転、異性化させる酵素です。
ペプチドのα炭素とカルボニル炭素との結合は回転障壁が大きく、配座異性体間ではタンパク全体の3次元構造が変化してしまいます。






ぺプチジルプロリルトランスイソメラーゼはある配列にあるプロリンを認識して取り込み、カルボニル炭素の向きを変える訳ですが、タクロリムスの場合、タクロリムスのテトラヒドロピペリジン環部分(黄色でハイライト)がぺプチジルプロリルトランスイソメラーゼに本来の基質と間違えて取り込まれてしまう訳です。
プロテインデータバンクに登録されている1FKJを拡大した図を下に示します。テトラヒドロピペリジン部分が見事にFKBPに取り込まれていることが判ります。





拒否反応(拒絶反応)では、抗原によりインターロイキン2と呼ばれるタンパク質(サイトカインの分泌が刺激されることが重要な要素です。
IL2の分泌は、NFAT(Nuclear factor of activated T-cells)と呼ばれる転写因子の脱リン酸化によって引き起こされます。
この反応はカルシニューリンと呼ばれるカルシウム依存型のタンパク質で行われますが、これにはカルシウムの結合が必要です。
細胞内のカルシウムイオン濃度は、抗原提示細胞がT細胞上のT細胞受容体に結合すると上昇します。

FKBP単独ではカルシニューリンに結合できませんが、タクロリムスが介在すると、FKBPはカルシニューリンの反応部位に結合し、蓋をしてしまう為、上記の一連の反応が進行せず、免疫システムが作動しないという機構です。

非常に複雑な機構ですが、これもタクロリムスという免疫抑制物質が見つかったから判明したことです。
生命現象の詳細のほとんどは毒や薬といった新しい二次代謝物が見つかったことによって、その機構が少しずつ明らかになってきました。

これが数学や物理学と違う点です。
アインシュタインがいなかった場合、確立される時期がいくらかは遅れるということはあっても相対性理論は必ず生まれました。
マックスプランクはじめ多くの科学者がその命題に気づいていたからです。いわゆる演繹法で、命題さえ意識すればそれを解くかとかないかだけです。
しかし、新しい生理活性物質の場合そうはいきません。帰納法というか、例が見つかって現象を認識することが多いのです。
その化合物が見つかって初めて機構が判りその重要性を認識するわけです。
ペニシリンとDD-ぺプチダーゼなど例をあげたらきりがありません。
二次代謝物の発見が無ければ現在の生命科学はもっと貧弱なものであると思います。





さて、シクロスフィリンやFKBPはそれぞれシクロスポリン、タクロリムスを介してカルシニューリンと結合不活性化します。
カルシニューリンは二つのサブユニットからなる大きなタンパク質です。
FKBPに結合したタクロリムスは、カルシニューリンとも結合します。









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